東京地方裁判所 平成5年(行ウ)290号 判決
原告
山本雅雄
右訴訟代理人弁護士
永山忠彦
右訴訟復代理人弁護士
鈴木啓文
被告
東京都公安委員会
右代表者委員会
河野義克
右指定代理人
川畑春男
同
右田良文
同
伊藤帝恵
被告
警視総監 吉野準
右指定代理人
諸星利郎
同
赤池洋一
同
山口紀浩
被告ら訴訟代理人弁護士
山下卯吉
同
竹谷勇四郎
同
福田恆二
同
金井正人
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 争点1(原告が本件違反行為をしたか否か。)について
1 〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件道路の目黒署付近には、目黒区大橋方向から順に、目黒署前第三交差点(以下「第三交差点」という。)、本件横断歩道及び目黒署前第二交差点(以下「第二交差点」という。)があり、それぞれに信号機が設置されている。第三交差点の停止線から本件横断歩道の停止線までの距離は約六五メートル、本件横断歩道の停止線から第二交差点の停止線までの距離は約六〇メートルである。第三交差点から第二交差点までの道路は直進しており、目黒署付近の見通しはよい。
平成五年四月九日午前九時五〇分ころ当時の第三交差点の信号機の黄色表示は四秒間、本件信号機の黄色表示は三秒間であるが、両信号機は一定のサイクルで連動し、第三交差点の信号機の表示が黄色になってから二秒後に、本件信号機の表示が黄色になる(〔証拠略〕)。
(二) 目黒署交通課交通執行係巡査部長岡崎大治(以下「岡崎」という。)は、約一五年間にわたり交通の指導取締りを担当し、一か月平均約二〇件の違反行為を取り締まっていた。信号無視の違反行為には、赤色信号無視、赤点滅無視、黄色信号無視等があるところ、岡崎は、赤色信号無視と赤点滅無視を取り締まり、黄色信号無視はよほど危険な状態にあった場合しか取り締まらず、過去に一件取り締まっただけである。
岡崎は、本件信号機の信号無視が多いことから、目黒署から交通の指導取締りに出掛ける際には、同署の建物の右角付近において、いわゆる白バイに乗車して街頭監視を行うことを習慣としており、平成五年四月九日午前九時五〇分ころにも、右同所で監視を始めた。
以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
2(一) 次に、右の取締り時の状況について、〔証拠略〕(道路交通法違反事件捜査報告書)には、次のような証言及び記載部分がある。
岡崎は、本件信号機の表示が黄色から赤色に変わったことを確認した上で、本件道路を目黒区大橋方向から走行してくる車両に目を向けたところ、歩道寄りの第一車線を走行してきた白色ライトバンが、本件横断歩道の停止線手前に余裕をもって停止し、その直後、原告車が、中央寄りの第二車線を走行してきて、右停止線手前約一〇メートルの位置にあるのを現認した。原告車は、そのまま停止することなく、時速約四〇キロメートルの速度で本件横断歩道を通過した。
岡崎は、直ちに、白バイのサイレンを鳴らし赤色灯を回転させながら原告車を追尾し、道路左端に停止するように指示して停止させた。岡崎は、原告に対し、信号無視をした旨を告げたところ、原告は、「すみません。また停止になったら仕事に車を使えなくなる。この前六〇日の停止になったばかりで、また取締りを受けると停止になるから、勘弁してくれよ。」と言った。(なお、原告が右のような供述をしたこと自体については、当事者間に争いがない。)
これに対し、岡崎が、危険な違反だから切符を作成する旨を告げると、原告は、「さっきからおとなしく謝っているのに四角四面なお巡りだな。何で勘弁してくれないんだ。この前、安全運転学校で、交差点の直前の黄色に変わった場合には、追突防止のため、速やかに交差点を抜けるように教えられたんだ。本件横断歩道を黄色で通過したのだから、信号無視ではない。」と主張し始めた。
岡崎が、原告に対し、原告の直前を走行していた白色ライトバンが余裕をもって止まった旨を説明すると、原告は、「そんなにスピードを出していたわけではない。人間は四、六時中緊張して運転はできない。こんなに下手に話しているのにどうして勘弁してくれないんだ。」などと言った。
岡崎は、交通反則切符を作成し、原告に署名を求めたところ、原告は、本件違反行為を認めず、署名を拒否した。
(二) ところで、前記1のとおり、岡崎は、長期間にわたり交通取締りに専門的に従事していること、赤色信号無視と黄色信号無視とを区別して、主として前者を取り締まっていること、目黒署前に静止して車両を意識的に監視していたこと、目黒署付近の見通しはよかったことが認められる。また、岡崎証言によれば、岡崎の右現認状況のうち、原告車が本件横断歩道の停止線手前約一〇メートルの位置にあったという距離感覚は、岡崎が、約一年前に、本件と同じ監視場所で、信号無視・無免許運転違反を取り締まった際の実況見分の結果に裏付けられているものであることが認められる。
さらに、〔証拠略〕は、岡崎が、原告に対する取締りから間もない平成五年四月一三日に作成したものであり、記憶が薄れないうちに記載されたことがうかがえる。
これらの点にかんがみると、右(一)の証言及び記載部分は、いずれも信用性が高いというべきであり、右証言及び記載部分に係る事実、すなわち、岡崎は、原告車が本件信号機の表示が赤色のときに本件横断歩道を通過したのを現認したこと、原告は、取締り当初本件違反行為を認めるような言動をとっていたが、岡崎が取り締まる旨を明らかにするや本件違反行為を否認する態度に変じたこと等を認めることができるというべきである。
(三) 以上のような岡崎の現認状況、取締り時における原告の供述内容、態度の変遷過程等を総合して考慮すると、原告が本件違反行為をしたことを認めることができるというべきである。
3(一) これに対し、原告は、原告本人尋問において、本件横断歩道の停止線手前約二〇メートルのところで本件信号機の表示が青色から黄色に変わったことに気が付いたが、制動措置を施しても本件横断歩道の手前で停止することができない位置であったので、そのまま走行し、本件信号機の表示が黄色のときに本件横断歩道を通過した旨を供述し、本件信号機の表示に関する岡崎証言は信用できないと主張する。
(二) そこで、原告の右供述部分について検討すると、原告本人尋問中の本件信号機の表示に関する供述部分には、本件信号機の表示が青色から黄色になるのを確認したのか、気が付いたら黄色になっていたのかについて供述の変遷がある上、全体としてあいまいな部分がある。また、停止線手前約二〇メートルという距離についての供述部分に関しても、原告本人尋問において複数回にわたり自認しているとおり、自らがストップウォッチをもって計測した本件信号機等のサイクルを基にした計算上の数字である旨説明していることからすると、右供述部分は、自己の記憶によるというより、むしろ、第三交差点の信号機の表示が青色のときに同交差点に入り、本件信号機の表示が黄色のときに本件横断歩道を通過したという主張を前提としつつ計算した結果と辻褄を合わせたものであることがうかがえるところである。
そうすると、原告の右供述部分は、原告が本件交差点を通過した時点で、本件信号機が黄色であったのか、あるいは赤色であったのかという事実を認定すべき証拠としては、信ぴょう性に欠けるものといわざるを得ない。
(三) さらに、岡崎証言が信用できないとする原告の主張をみても、次のとおり、いずれも右証言に疑いを差し挟むに足りるものということはできない。
すなわち、原告は、原告車は、第三交差点の信号機の表示が青色のときに同交差点に入ったのであるから、岡崎証言にあるように、本件信号機の表示が赤色に変わったときに、原告車が本件横断歩道の停止線手前約一〇メートルの位置を走行していたことはあり得ないと主張する。
しかしながら、そもそも、原告車が青色信号のときに第三交差点に入ったことを裏付けるに足りる客観的証拠はない上、仮に、原告車が青色信号のときに第三交差点に入ったとしても、青色信号から黄色信号に変わった時点及び原告車の進行速度が正確には断定できない本件において、岡崎証言のような状況があり得ないということはできない。なお、原告は、黄色信号のときに交差点に入った車両は、通常、速度を上げて交差点を通過しようとするのに、原告が制限速度を下回る時速四〇キロメートルのままで走行したことは、原告が青色信号のときに第三交差点に入ったことの証左であると主張するが、右のような場合に加速するか否かは、具体的な交通状況、道路状況等を踏まえて個々の運転者が判断すべきものであり、加速するのが通常であるなどとはいえないから、原告の右主張は、何ら根拠がない。
また、原告は、仮に、原告車が第三交差点の信号機の表示が黄色に変わった時点で同交差点に入ったとすると、第三交差点の信号機の表示が黄色になってから本件信号機の表示が赤色になるまでの時間は五秒間であり、その間走行すれば本件横断歩道に達し、本件信号機の表示が赤色のときには本件横断歩道を通過していることになるから、岡崎証言にあるような位置を走行していることはあり得ないと主張する。
しかしながら、前記のとおり、第三交差点から本件横断歩道までの距離は約六五メートルであり、原告車が第三交差点の信号機の表示が黄色に変わった時点で同交差点に進入し、時速約四〇キロメートル(秒速約一一・一メートル)で五秒間走行していたとすれば、まさに岡崎証言における現認状況となるのであるから、原告の右主張は理由がない。
4 次に、原告は、白色ライトバンが余裕をもって停止したという岡崎証言について、一般的な車両の制動時間及び反応時間から計算すると経験則上あり得ないことであるから、右証言は信用できないと主張し、原告本人尋問の結果中には、右車両が原告車の前を走っていた記憶はないという供述部分がある。
しかしながら、原告の右主張は、白色ライトバンが時速約四、五〇キロメートルで走行していたこと及び同車両の運転者が本件信号機が黄色表示に変わってから減速したことを前提として初めて成り立つものであるところ、同車両の時速は明らかではない上、第三交差点の信号機は本件信号機よりも先に黄色表示になること、交差点付近において減速することは運転者の基本的な注意義務であること等に照らすと、同車両が、本件横断歩道手前であらかじめ減速した可能性十分あり得るものである。そうすると、右前提に基づく原告の主張は、根拠がないものとなる。
しかも、原告本人尋問中には、原告が第二交差点で停止した際、原告車の前方に車両が一台停止していたが、同車両が前方を走っていることは気が付いていなかった旨の供述部分があり、原告が前方の車両等について必ずしも十分に注意を払っていなかったことがうかがわれる。
したがって、原告の右供述部分はにわかに信用することはできず、白色ライトバンに関する岡崎証言に疑いを差し挟むことはできないというべきである。
5 このように、岡崎証言に反する原告の供述部分は、いずれも措信し難く、岡崎証言を覆すには足りないというべきであり、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
以上によれば、本件違法行為をしていないという原告の主張は、採用することができない。
なお、原処分の取消訴訟と裁決の取消訴訟を提起できる場合、裁決の取消訴訟においては、原処分の違法を主張することはできない(行政事件訴訟法一〇条二項)から、原告の請求二において、本件違反行為が存在しないとする原告の主張が失当であることはいうまでもない。
二 争点2(本件聴聞手続は適法か否か。)について
(原告の請求一について)
道交法一〇四条一項に定める聴聞は、行政処分を行うに当たって、処分の相手方に、当該事案について意見を述べたり、有利な証拠を提出したりする機会を与え、もって、処分が公正に行われることを保障するための手続である。
本件において、〔証拠略〕によれば、被告警視総監は、原告に対し、処分をしようとする理由並びに聴聞の期日及び場所を通知したこと、原告は、右の通知書を受領し、指定された期日に出席する旨を回答したこと、聴聞手続の事務を担当する警視庁運転免許本部行政処分課(以下「行政処分課」という。)では、代理人である弁護士から、聴聞期日の変更の申し出を受けた場合には、期日を変更すべき正当な理由があるときは期日を変更する取扱いをしていること、本件においては、原告の代理人である弁護士からは、期日に先立ち、期日の変更の申し出等はなかったこと、期日に出頭した原告は、担当係官に対し、特段、代理人等の立会いを求めないまま聴聞に応じており、その後も、本件訴訟の第二回口頭弁論期日に至るまで、原告又はその代理人等から、右立会いの点を含め本件聴聞手続に関し異議等の申し出がされた形跡がないことが認められる。
原告本人尋問中には、弁護士の都合が悪いので期日の変更をして欲しい旨の電話連絡をしたとの供述部分があるが、原告が電話連絡をした時期、その具体的内容は明らかではない上、右認定事実に照らしても、原告が明確にそのような申し出をしたものとは考えられず、右供述部分は直ちには信用できない。
以上によれば、原告及び代理人等から特段の期日の変更の申し出がなく、原告が異議なく聴聞に応じ、原告に意見陳述等の機会が与えられたというべきであるから、本件聴聞手続に代理人である弁護士が立ち会わなかったことをもって違法ということはできない。
したがって、本件聴聞手続が違法であるとする原告の主張は、採用することができない。
三 争点3(本件審査手続は適法か否か。)について
(原告の請求二について)
1 行服法三三条一項は、処分庁は、当該処分の理由となった事実を証する書類その他の物件を審査庁に提出することができると規定し、同条二項は、審査請求人は、審査庁に対し、処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができると規定している。
このような規定に照らすと、審査請求人が行服法三三条二項に基づいて閲覧を請求することができる物件は、閲覧請求時において、同条一項により処分庁から任意に提出された書類その他の物件に限られているというべきであり、審査庁は、処分庁に対し、不提出書類の提出を要求して審査請求人に閲覧させるべき義務を有するものではないというべきである。
2 ところで、弁論の全趣旨によれば、被告公安委員会が、被告警視総監から、本件処分の理由となった事実を証する書類その他の物件の提出を受けていなかったことを認めることができる。
そうすると、被告公安委員会は、閲覧請求の対象たる書類等を所持していなかったのであるから、原告に閲覧させなかったことをもって違法ということはできない。
したがって、本件審査手続が違法であるとする原告の主張は、採用することができない。
四 以上によれば、原告の主張は、いずれも失当であるというべきであり、他に、本件処分及び裁決を違法とすべき事由を認めることはできない。
よって、原告の請求は、理由がないから、これをいずれも棄却すべきこととなる。
(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光宏 森田浩美)